« 「伝わる朗読とは?」 続きは?・・ | トップページ | 【伝わる朗読とは】22:朗読するために作品に手を加えること »

2016年6月11日 (土)

【伝わる朗読とは】21:翻訳する

文学作品を翻訳して伝えるということって、とても難しいと思います。
日本人が日本語で書いた文章を英語に翻訳して英語圏の人が読む。
これで、元々の日本語の文章のイメージが本当に伝わっているのでしょうか?

逆に外国語の日本語訳の本を読むと、それはそれで伝わってくる。
俳句も翻訳されてます。
あの五七五の日本語の言葉の感覚をどんなふうに違う言語で伝えているのだろう。
選びだされた短いワードと全体のリズムを伝えられるなんて、翻訳する人はすごいなと思います。

これは、その翻訳者の力量によるところが大きいと言えるでしょう。誰でも翻訳しようとすれば、翻訳することはできます。私だってできる(はず)。ただ、それが、伝わる翻訳であるか、さらには、原文の持つ力というのをちゃんと伝えられる翻訳であるかという点で違いが大きく出てくるでしょう。

ノーベル賞を受賞した川端康成の作品についても、その選考委員は、日本語では読んでおらず、翻訳されたものを読んで選考したのだと思います。その翻訳が川端作品の魅力を十分に伝えられていなければ、ノーベル賞はなかったはずです。翻訳者の力によるところは大きいと思います。

翻訳するということは、原文とは異なる言語で原作の内容を伝える作業です。そういう変換作業を行って、読み手に伝えているわけです。ある意味では、翻訳された言葉は、原作者の言葉から翻訳者の言葉に変わります。
その言葉の微妙なニュアンスなどをうまく表現して、別の言語で読者に伝えている段階で、それは、すでに、その翻訳者の作品になっていると言ってもいいのかもしれません。

有名な外国の作家のシリーズの作品で、翻訳者が違うと、なんとなく違う感じがしてしまう。この作家には、この翻訳者って決まっているように思います。

さて、朗読も同じようなことが言えるかもしれないです。
文字である作品を声に出して読むことで、耳で聞いてもらって、作品を伝える。
原作者の言葉を声の形で翻訳することによって伝える。
読み方、声の色はそれぞれ違う。
声を駆使して、朗読の形で翻訳する。
朗読とは、声で翻訳している行為なのかもしれないです。
そして、この作品は、この朗読者だよねーと言われるようになれるとよいです。

« 「伝わる朗読とは?」 続きは?・・ | トップページ | 【伝わる朗読とは】22:朗読するために作品に手を加えること »

伝わる朗読とは?」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/591069/63759867

この記事へのトラックバック一覧です: 【伝わる朗読とは】21:翻訳する:

« 「伝わる朗読とは?」 続きは?・・ | トップページ | 【伝わる朗読とは】22:朗読するために作品に手を加えること »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ