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2016年4月 7日 (木)

【伝わる朗読とは】18:写真に詩をつける

桜が満開。おそらく、今日くらいで、今年は見納め。写真をUPしても良いかもしれないけど、今日のお話のテーマから、写真は載せないのでした。

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前回と同じく、吉野弘さんの詩集のあとがきから気付くことです。

 写真に詩をつける上で一番苦労したのは、こちらの関心事とは無縁な光景が私の目の前に現れても、それに関心を寄せること、そこから、一種の”ほめうた”を生み出してゆくことであった。拒絶や無視からは、私の場合、詩が生まれないからである。
 写真に詩をつける上で、もう一つ苦労した点は、写真に写っていることを言葉に代えるだけでは詩にならず、写真に写っていないことを、写真の中から読みとって、詩にすることであった。詩が写真の中に埋没せず自立するためには、そういう作業が必要だったのだ。
「吉野弘 全詩集」収録詩集覚えがき

吉野さんが、ある会社の社内誌の企画で、社員の投稿した写真に詩をそえるという仕事を毎月していたそうです。その「写真に詩をつける」ことの難しさを語ったものです。

投稿の写真ですから、詩にしたいと思う題材ではありません。
当初、写真からは何も感じなかった状態から、しばらくすると言葉がやってくる。
題材となる写真をイメージとして刷りこんでいくと、言葉が表出してくるという感じなのでしょうか。

そして、2つ目の難しい点として挙げている「写真に写っていないことを詩にする」という話には、ハッとさせられます。
写真という映像情報は言葉より多くのことを語ります。百聞は一見に如かず。
写真にさらに言葉で情報を加えようとしたら、言葉の方が呑まれてしまうという感覚。わかるような気がします。
写真自体には、それだけで十分伝えることがある。それに言葉を加えるのは無意味。
「写真で伝えていないところを伝える」
その言葉はとても質の高いものなのではないかと思います。

朗読でも同じようなことが言えるのかもしれません。物語や詩には、それを目で読むだけで、伝えることができる。朗読は、物語の言葉の中に書かれていないことを伝えることなのかもしれません。

これまでのブログでは、詩作と朗読を無理に結び付けて書いているようなところがありますが、どうも関係性があるような感じを持つのです。

質の高い文章というのは、字数の少ないにもかかわらず、情報量が多いものなのだと思います。言葉の選び方、順序、作品全体の文章の構成などなど。作品の中の言葉以外の情報が導出しやすく、様々なイメージが出やすい文章。だからこそ、多くの方に読まれるものとして、つまりは、伝わるものとして世に出ている。だからこそ、文章を書く作家というものがあるのですから。
そういう優れた文章の中に、言葉としては書かれていないことを、「朗読」というものが、伝えやすくする手助けをしているのかもしれないです。
イメージ化をしやすくする。そのための語り方。朗読の仕方。響き、抑揚、間の取り方。そんな役割が朗読にあるのかもしれません。

これまで、吉野弘さんの書かれたものから起因して、詩作と朗読について、書き綴ってきました。ただ、「朗読」に求められていると思われることを書いてきているだけで、では、どうしたらよいのかまでは書けていません。明確な答えを提示できず、絵に描いた餅を見せているだけかもしれません。でも、漠然と言葉を読むのではなく、その目的や意図を意識して、方向性を定めることは大切なのだと思います。なによりも、朗読が好きだから、何かの方向性を求めて、いろいろと思いを巡らせることで、答えはいつか自然と降ってくるのだと思うのです。

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